糠味噌漬を美味しく作る方法など、net上には様々なテクニックが書き込まれています。読んでみますと、原理的にはどれもぬか床に含まれている乳酸菌による正常な発酵を促進し、余計な菌が繁殖しないための方策のように読み取れます。 書いている人はそのような認識はないのかもしれませんが、少なくとも糠味噌漬の美味しさは 乳酸菌による発酵でもたらされるということは間違いありません。

では、糠味噌漬の美味しさは何によって実現するのでしょうか。 多くの方が、「美味しい糠味噌漬けができるぬか床」と「美味しい野菜」、そして「定期的にかき混ぜること」と答えるでしょう。 お店で売っているぬか床よりも、おばあちゃんがいつも漬けている糠床をもらってきた方が良い、とか、自分で美味しくなる糠床を育てる方法、というのもあるようです。

そもそも糠味噌漬の美味しい味は、糠床に含まれている乳酸菌など、菌自体の味ではありません。菌を舐めても美味しくなんかありません。かと言って、糠床に漬けた野菜の味というわけでもありません。糠味噌漬の味を語るのであれば、発酵という現象について詳しく理解する必要があり、それは他の発酵食品全てに共通する内容であり原理です。

糠床の中で起こったことを順を追って言えば、糠味噌漬の美味しい味は、糠床に含まれている乳酸菌(実際は複数の菌種ですが)が、漬けられて接触した野菜の成分を養分として増殖し(これが発酵です)、 旨味成分である多くのアミノ酸などを代謝物として放出し、それが野菜に染み込んだものが出来上がった、その味なのです。ですので、「糠味噌漬にしたら野菜が美味しくなった」のではなく、むしろ元の野菜は発酵に使われた分、栄養分が少なくなり同時に多少の水分も流出していますので、スカスカか、しんなりとした状態になるはずです。しかし、糠床中の乳酸菌が代謝(生産・放出)した代謝物が染み込んでいますので、元々の状態に比べると食品としての味はよくなっている、というわけです。

糠漬けの美味しさはほぼ、使用する乳酸菌の能力で決まってしまいます。(我々にとって)能力が低い乳酸菌、つまり美味しい代謝物を放出できない乳酸菌に、いくら良い栄養や最適な温度を与えて育てたところで、 何十年たっても美味しい代謝物を放出するようにはなりません。それは、乳酸菌のDNAに書き込まれた作業だからです。

また、もしぬか漬けを遠心分離機にかけて水分中の乳酸菌が代謝した成分を全て飛ばしてしまったとしたら、栄養分がなくなって本当に美味しくない野菜が、そこに残るでしょう。つまり、糠床に漬けても野菜自体が美味しくなるわけではないのです。これは、キムチなど繊維質の多い野菜を発酵させた食品に共通します。
上記、美味しい糠味噌漬を作る条件ですが、「美味しい糠味噌漬けができるぬか床」は常に栄養分や最適な温度が与えられて、美味しい味がする 代謝物を放出する、活性度が高い乳酸菌がたくさんいる糠床が必要ということであり、「美味しい野菜」は乳酸菌を育てる培地としての栄養素をたくさん含んでいること、そして「定期的にかき混ぜること」は菌が定期的に多くの栄養分と接触し、増殖のための新しい 栄養素と接触する機会が多いとともに、おばあちゃんの手に付いている乳酸菌が、定期的に補充されることを示します。

発酵という現象が理解できると、他の発酵食品の見方も変わってくるはずです。糠漬けは発酵前と後で、発酵に関与する乳酸菌に食物繊維を分解する能力がないため、培地である野菜に見た目上の変化がさほどなく、栄養分であり培地である野菜自体の味が変わっていないことを理解しやすいのですが、 ヨーグルトやチーズのように、発酵によって培地の様子がガラッと変わってしまうと、なかなか発酵の原理を理解しにくくなります。

発酵は培地の成分を分解して別の成分に作り変え、菌体外に放出する作業です。牛乳のように繊維質をほとんど含まず、分解されやすい食品を培地とした場合、発酵を行う菌によって成分がほぼ作り変えられてしまい、発酵されずに残った成分(残渣〜ざんさ)と、放出された代謝物が混ざり合ってしまうため、このような作業が分かりにくくなってしまいます。